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VTS(=Visual Thinking Strategies)について。

  • 執筆者の写真: Keiko Kameda
    Keiko Kameda
  • 2020年9月27日
  • 読了時間: 11分

VTS(=Visual Thinking Strategies)は、アメリカで開発された美術鑑賞メソッドです。

私は2006年に京都造形芸術大学で出会ったACOP(=鑑賞者研究プロジェクト)をきっかけに

VTSを学ぶことになりました。


その時のレポートは、VTSと出会った当時の私の熱気と知的興奮にあふれていて(笑)、

自分でも圧倒されます。

VTSについては2011年3月と8月に受講したのですが、今回ご紹介するのは3月の講座。

3日間の集中講義でしたが、非常に密度高く学んだ様子がうかがえます。


このブログを訪れて下さっているみなさんの中には「・・・VTSってなに?」と思っていらっしゃる方も多いののではないでしょうか。私自身、VTSについてはATLのブログから書き始めているので、こちらでは説明をせずに進めてしまっているなと気づきました。


旧ブログのリンクをご紹介しつつ、その記事のダイジェスト版をこちらにまとめてみました。

ぜひVTSについて、ご興味持っていただけましたら幸いです。



 

■講義メモ(2011年3月25日(土)-27日(日)@京都造形芸術大学


講師:フィリップ・ヤノウィン氏(元ニューヨーク近代美術館(MoMA)教育部部長、NPO法人 Visual Understanding in Education(VUE)創設者・ディレクター)

・大野 照文氏(京都大学総合博物館館長・教授)

伊達 隆洋氏(京都造形芸術大学講師)


総合監修:福のり子(京都造形芸術大学芸術表現・アートプロデュース学科(ASP)教授、同アート・コミュニケーション研究センター室長)



□カリキュラムの達成目標対話型鑑賞(VTS)の理論的背景を学び、現代の教育現場における対話型鑑賞の必要性と可能性への認識を深める。


□主な内容

・ヤノウィン率いるMoMA教育部が、なぜ対話型鑑賞に取り組んだのか。その歴史的・社会的背景を振返る

・VTSの基本となる教育理論(アルンハイム、ハウゼン、ヴィゴツキー)の解説

・VTSの実践映像をもとに、質問のタイミングや質問する際の言葉の用い方など、ナビゲイションを成立させるための要素の分析

・実証データに基づく、対話型鑑賞の教育効果の検証

・特別講師である大野照文、伊達隆洋を招き、理科教育および心理学のワークショップを通じて、コミュニケーションを軸にした鑑賞の効果を学習


VTS概論について


VTSをひと言で言ってみると「人は本来“見ること”を通して、思考を深める力を持っている」ということに注目した「(グループによる)対話型鑑賞」方法だと思います。1つの作品を囲んで、複数の参加者と1名のナビゲイターと呼ばれるフェシリテーターがいるという構成。ナビゲイターが鑑賞者の中に生じたモヤモヤを「言葉」として出していけるように「問いかけ」を行い、参加者から出た発言をていねいに「リンク」したり「整理」したりしながら「積み重ね」ていきます。この流れの中で参加者は自分から出た言葉が、作品のどの部分を見て感じたり考えたのかということ(根拠をもとに考えること)を確認します。また、他の参加者の言葉から自分の考えを膨らませたり、修正したりということが起きてきます。

この一連の「流れ」がグループによる対話型鑑賞でいわれる「コミュニケーション」だと思います。参加者は「作品・自分・他者」とのコミュニケーションの中で「根拠に基づく思考」を深め、「多角的な視点」によってさらに「思考を深めていく」ことで成長していきます(これがVTSの概論だと私は理解しています)。


VTSでナビゲイターが行うこと


ナビゲイターと呼ばれるファシリテーター(場を活性化する人)が行うことはとてもシンプル。「①問いかける ②参加者の発言を受け入れる」たったこの2つなんです。下記にそれぞれについて掘り下げます(*事前準備では参加者に応じた作品を選ぶことなどもナビゲイターの仕事になります)。


①問いかける:VTSでは3つの問いかけが基本になっています。それぞれの問いかけには参加者の成長を促す働きがあるようです。


「この絵の中で、いったい何が起こっているんだろうか?」

→VTSのいちばん最初に提示される問い。これは英語の「what's going on?」を和訳したもので、なかなか日本語に置換えることが難しいと今回の講義の中でも度々ディスカッションが起きました。(私がACOPに参加したときには「この絵の中には何が描かれていますか?」という問いかけだったように記憶しているのですが、これについては後に別途書きたいと思います)、「この絵の中で、いったい何が起こっているんだろうか?」という問いかけの意図は「描かれていることは認識可能だということを示唆」し、「描かれているものの意味を考えさせる=意味づけ」を行うことで深い思考へと導くことです。


「絵のどこから、そう思ったの?」

→この問いかけは、もっと作品を見て自らの発言の裏付けとなる根拠を探すことを促します。この問いかけを受けることで、発言者は自分でもあまり意識せずに発した言葉について再認識し、事実に基づいた論理の展開が出来るようになります。「根拠」とか「論理展開」というと少し堅苦しく感じるかも知れませんが、この思考をしている時ってとても集中・安定した感覚になります。無意識下で話していると、ふわふわした捕え所のない感覚になっているので、自分でもよく分からなくなってしまったり、他者の発言を理解する余裕がなくなったりしているような気がします。ここでいう「事実に基づいた論理展開」は、話を難しくするための武器ではなく、人が落ち着いてよりよい考えやアイデアを生み出すための、とても有効な呼吸法みたいなものだと思います。


「その他に、もっと発見はありますか?」

→この問いかけは、その場に起きているディスカッションをより徹底したものにする働きをします。見逃していた作品の細部を発見したり、徹底的に検証することを習慣づけるものにもなります。徹底した検証を行うことで作品の中にある真実に迫っていけるようになるように感じます。VTSでこのプロセスを経ていると、短時間の間に1つの作品と何度も違った出会いを重ねるような楽しさが生まれるように感じます。この出会いのステキなこと!集中と安定、流れを味わう楽しさ、更新される出会いへの喜び・・・私はVTSを体験する中でこんなことを感じています。


②参加者の発言を受け入れる:VTSのディスカッションでは、参加者が直ちにフィードバックを得られるように組み立てられています。「自分の意見が聞き入れられ、尊重されると感じられること」で参加意識が促され、この参加意識が成長をぐんと進めてくれます。このためにナビゲーターは下記のように具体的なアクションをとります。


発言者の言葉の通りに作品を指でさす、ジェスチャーで示す。

→参加者が積極的に作品を見ることを促すと同時に、発言者がどの部分について述べているのかを他の参加者が共有出来るようにも機能しています。


参加者の発言を言い換える(パラフレーズ)する。

→参加者の言葉を注意深く聞き、ナビゲイターが別の言葉で言い換えます。言い換えにあたっては語彙のみ変更し、発言者の意見を変更してはいけないという原則があります。パラフレーズを行う意図は発言者の言葉を単にオウム返しするよりも深い受容を示すことが出来ること、他の参加者が発言者の意見を聞き洩らさない、他者の意見を聞き理解することが重要だということの顕示、まとまりのない発言をより的確な意見としてまとめることでそれを聞く参加者の語彙力や文法能力の向上を可能にすることなどがあります。


ディスカッションをオープンにし、どんな意見も受け入れる。

→深い思考力(=批判的思考力ともいえますね)を育てるためには、あらゆる可能性を検討することの重要性を感じることが大切です。VTSのナビゲーターは、中立の立場に立ってディスカッションを進めることを訓練していきます。人間である以上、純粋な中立ということはあり得ないと思いますが、それを加味した上でバランスを取っていくことが現場ごとに求められるように思います。私は大人の方を対象に勉強会を実施し、ACOPで学んだことを活用してナビゲーターをしていますが、参加者の方の個性などが少し分かってきている段階では、ジョークを挿しこんだりしてバランスをとることもあります。この感覚は現場で実践して、その場に応じたものにしていけばいいのかな、と思ったりしています。ただ、この調整もその場で求められている目的によって変わると思いますね。


その他のアクションとして、次のようなことも学びました。


出来るだけ多くの参加者に発言させる

くり返し発言を否定せず、じっくりと聞く姿勢を見せることで聞くことの大切さを示唆する

参加者から出た意見を結んで、思考を関連づける

正解や答えを求められらときには、どうしたら知りたい情報が得られるかを伝える

時間配分は1セッション15分から20分を目途にする

会のクロージングは要約したり同意を求めて終わるのではなく、如何に議論を深めることが出来たかに注目する



VTSのもとになった考え方


VTSは発達理論と臨床心理学などを参照にしている部分があるようです。このレポートでは詳しい各論の説明は省きました(・・・書きかけたのですが、難しい表現が多く、このレポートには合わないと思いました:苦笑)。

紹介された学者の名前と理論などをリストアップし、重要だと思われる部分のみメモに起こしたいと思います。


<VTSの名前の由来>


ゲシュタルト心理学派のルドルフ・アルンハイムの研究にちなんで名づけられました。アルンハイムは視覚と思考の関係を説得力を持って論じ、これを「ヴィジュアル・シンキング(視覚による思考)」と呼びました。アルンハイムは「ものを見るという行為は、それを解釈する認知的行為そのものにほかならない」との卓見を示していますが、VTSは「視覚芸術を使って、考えることを学ぶ」ことを目指しているんですね。


<認知発達心理学とVTS>


ジェイムス・マーク・ボルドウィン(アメリカの心理学者)・・・発達段階理論を初めて提唱


ジャン・ピアジェ(スイスの心理学者)・・・発達が支援される環境にあれば、人の認知方法は現在の段階から次の段階へと移行する。子どもが理解出来る事柄は、あらかじめ本人が理解することの出来る少し手前まで来ている事柄のみである(=レディネス/準備性)。レディネスと教育及び学習には可憐性があり、子どもは受け入れる準備が整うまでは次の段階の認知形式を学ぶことは出来ない。新しい段階に移行すると、それ以前の認知方法は新しい方法に統合される。→主として個々の知的発達に注目した。



レフ・ヴィゴツキー(旧ソビエト連邦の心理学者)・・・学習者は周囲にいる人々(教師や大人)と相互に関わることが必要であり、このような相互関係や社会プロセスは学習者が周囲の人を観察することを通じて取り込まれる。この段階ではその関係性やプロセスが完全に理解され、受容されるとは限らないが次第に吸収され、個々の人生の有益な戦略の一部となっていく。学習が生じるのは与えられた課題が個人がすでに習熟している能力の範囲内のものであり、かつ大人やより能力の高い仲間からの介助があったときである。→主として発達を促す周囲の人々の役割により焦点を当てた。


<美的発達:アビゲイル・ハウゼンによるモデル>


アビゲイル・ハウゼン(認知心理学者)


VTSの概念には、このハウゼンのモデルが根幹にあります。ハウゼンはこの概念を生み出すために非指示的な、意識の流れに沿ったインタビュー「ADI=Aestehetic Development Interview」で得られたデータを分析し、丁寧に解析を行いました。詳しい分析経緯はご紹介しませんが、インタビューによって得られた言葉の最小単位から新たな概念を抽出すつ方法は、質的研究法を参照しているように思いました。

(以前、会社で所属していた統計手法や新しい考え方を業務に導入することを検討する研究会に参加していたことがありました。そこで学んだ質的研究法では、インタビューで得られた言葉を解剖して核概念を抽出するグラウンドセオリーという手法を用いていたので、ハウゼンの分析方法に近いなと感じました。質的研究法は主に看護や医療の分野などで活用されているようですね。私の会社では、そのまま用いるにはあまりに手間がかかる(膨大なデータを根気よく分析する必要がある)ため、一部を活用するに留まるとの結論を出しました。それほど、こうした分析には研究者の大きな努力が根底にあるということですね。頭が下がります・・・。)


*ハウゼンの美的発達段階:

第1段階(物語の段階)/第2段階(構築の段階)/第3段階(分類の段階)/第4段階(解釈の段階)/第5段階(再創造の段階)

この発達段階は年齢によらず、鑑賞経験(見るだけでなく、鑑賞に伴う思考プロセスの経験も含む)によって異なるという点が興味深かった(ある調査では、美術館に頻繁に来館する大人であっても1~2の段階にいるとのこと)です。各段階の意味するところは、人の認知方法には特徴があるということでした(例えば、第1段階にいる鑑賞者は自らの感覚や記憶、個人的連想を用いて作品を具体的に観察し、そこから物語を紡ぎ出します。また、「知っていること」「好きなもの」を基準に作品の判断を行い、同時に作品の世界に入り込んでまるでその一部となって物語を展開させるので、そのコメントは発言者自身の感情に彩られます)。ナビゲーターは参加者の発達段階に応じた作品選びと問いかけを行うことを求められるんですね。


*構成主義の考え方:講義に使用されたテキストには書かれていなかったのですが、ヤノウィン氏が板書された言葉の中に「構成主義」についてのメモがありました。ここで述べられている「構成主義」は教育における構成主義のことだと思います。wikipediaで調べてみましたが、ほぼ同じ内容でしたので、wikipediaからの引用をご紹介します。


教育における構成主義は、子供たちがある対象について、彼ら自身による(それぞれ違った)理解を組み立てるようなかたちで教育すべきである、あるいは子供たちの中に既に存在している概念を前提に授業を組み立てる必要がある、という学習・教授理論を指す。ここでの教師の役目は、子供がある対象範囲における事実や考えを見つけるのを手助けすることである。‐‐wikipediaより引用--



 

もう少し細かく書いたレポートは旧ブログをご覧下さいませ。





 
 
 

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